自分や子どもの〈いのち〉を「あずかったもの」と考えてみる |
子どもを育てるということは誰にとっても最初はまったく初めての経験です。お母さんはその日その時間を子どもと向き合っています。時には「育てなければ」とがんばりすぎて、行き詰ってしまうことがあるかもしれません。そんなとき、もっと大きな意味で子どもについて考えることが必要ではないでしょうか。
生命の誕生することを、日本語では《生まれる》といいますが、文化的、宗教的背景からヨーロッパの近代語では、《受身形》、即ち《生まれさせられた》と言い表します。注目すべきは、必ず過去形で表現する点です。ひとは両親、性別、国籍を選ぶことはできず、それらを受け入れて生きていきます。受身形のニュアンスの根底には、ひとが自分の意志によって生まれてきたわけではないこと、また自分の子どもであっても自分の所有物ではない「授(さず)かりもの」であるという考え方があるようです。
《受身形》で《生まれさせられた》わたしたちは、あかちゃんから幼児に、そして大人に成長し、やがて老い、こどもたちに《いのち》のバトンを渡し、土に帰っていきます。
自分の「いのち」も子どもの「いのち」も《あずかったもの》と考えると、子育てで感じる不安や悩みが少し軽くなっていくかもしれません。
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人間も自然のなかに生きるひとつの生きもの |
幼いときの五感に響く豊かな体験が、その子の感受性を育むうえでおおきな宝物になると思います。お天気のよい日には、お子さんの手を引いて自然の光のなかに入ってみましょう。風のかおりにひたり、空の青さに感動し、雲の形に想像をふくらませ、首がいたくなったら視線を地面に動かし、道々のかたわらにそっと咲く草花を愛でてみましょう。川の水の冷たさを足の裏で感じながら、小魚のすばやい動きを目で追いかけるのも楽しいでしょう。草むらや土のなかに小さな虫たちを見つけることもすてきなことだと思います。自分も同じ地球に生きる自然の〈生きもの〉であり、「いのち」を受けた自然の一部であることを身体で感じることができるのではないでしょうか。
自然のすばらしさを親から子へ伝えてあげてください。
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子どもがひとりで生きていけるためには母親との一体感の経験が大切 |
子どもは母親の胎内に「いのち」を受け、生まれてからも一定の年齢になり、〈自分〉を感じるようになるまでは、母親との一体感のなかで安心し成長していきます。いずれ子どもは自我が芽生え、その安らぎから切り離されることになりますが、将来「ひとり」で生きていく力を得るためには、幼いころに、この〈安心〉を思う存分感じておくことが不可欠ではないでしょうか。幼いころの親子での体験、それがあれば、母親とは別の《独りのひと》になっても、根っこでは〈いのち〉はつながっていることを感じて生きていくことができるのだと思います。そして、その経験があれば、自分を信じ、他者(ひと)を信じることができるようになると思います。そして、すべての〈ひと〉と〈ひと〉とはつながっていると感じられるのではないでしょうか。
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