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新潟市の西と東を結ぶ現在の萬代橋は
8月23日、75回目の誕生日を迎える。
7月6日には重要文化財に指定され、
75周年に華を添えることになった。
75年の歩みと記念事業を紹介しよう。
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萬代橋の重要文化財指定個所
●鉄筋コンクリート造6連アーチ、全長306.9m、幅員22.0m
●両側鉄筋コンクリート造側径間及び高欄(親柱を含む)付
●橋詰壁面(隅柱を含む)2所附属
●附・旧橋詰階段親柱2基及び橋詰隅柱1基
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永久橋として昭和4年に竣工
明治19年11月に木造の初代萬代橋(よろずよばし)が完成するまで、信濃川下流には1本の橋もなく、旧新潟町と旧沼垂町の往来は有料の渡し舟だけだった。その後、初代萬代橋は新潟大火によって焼失。架け替えられた2代目(木造)を経て、現在の萬代橋は3代目。本格的な自動車交通の幕開けに対応する永久橋として、内務省復興局技師・田中豊などの指導のもと福田武雄が作成した設計書に基づき施工され、昭和4年8月23日に竣工した。
萬代橋は昭和39年の新潟地震(マグニチュード7.5)にも耐えた堅牢さを誇り、6連アーチの優美なフォルムは新潟の顔。現在も1日当たり自動車47,000台、歩行者12,000人が行き交う都市の大動脈だ。春には色とりどりのチューリップが歩道を彩り、夏には大民謡流しの舞台となる。
重要文化財指定までの道のり
平成11年、新潟国道事務所は萬代橋70周年を記念して「温故知新・新潟まちづくりワークショップ」を開催。萬代橋を愛する人々が集い、萬代橋の価値を再認識する契機となった。翌12年8月には「萬代橋協議会」が、また9月には「萬代橋を愛する会」も発足し、橋の清掃や落書き消しなど積極的な活動を展開してきた。
その後、萬代橋を重要文化財にとの機運が高まり、16年2月には新潟市長が文部科学大臣に当てて「重要文化財(建造物)指定申請書」を提出。16年4月の文化審議会文化財分科会における審議・議決を経て萬代橋の重要文化財指定が決まり、この7月6日に告示された。国が管理する国道の橋梁(きょうりょう)で重要文化財に指定されるのは、日本橋(東京都中央区)に続いて全国で2例目。土木構造物の重要文化財指定は新潟県内では初となる。
八木朋直が初代萬代橋命名の際に込めた「萬代(よろずよ)までも新潟のために尽くす」との願いは重要文化財指定でかなえられることとなった。
復元プロジェクトただいま進行中
重要文化財指定への動きが進む中、萬代橋復元プロジェクトも始動した。新潟国道事務所の山下信雄工事施工管理官は「照明灯や橋側灯は新潟市に保存されていた当時の設計図を基に、昭和4年の完成当時の姿に復元します。新潟県出身で環境プロダクトデザイナーの南雲勝志氏が監修に当たり、材質や色、形状についてもかつての姿を忠実に復元するとともに、当時橋詰め広場の角に建てられていた隅柱もよみがえらせます」と語っている。
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