![]() 「攻撃的な人間なので」という言葉が信じられないくらい、 終始笑顔で話してくれた重川隆廣さん。 見習い大工を養成する「匠(たくみ)塾」校長でもある 重川さんがこれから目指すものは? |
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右:簡潔に表現された日本の美と、住まいとしての高い機能性を兼ね備えた重川の数寄屋。やすらぎを感じる空間は、あわただしい日常を忘れさせてくれる。新潟の気候風土に合った現代数寄屋は、四季折々を楽しみながら暮らせる理想の住まいだ左:2003年に県経済振興賞受賞。また同年、国土交通省より「新潟の気候風土に適した数寄屋住宅の開発と、若手大工育成」に対して表彰されている | |
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材木の販売から建築にシフトして 木材を生かす仕事をしたい、と思ったんですね。学校を卒業してから両親の営む材木屋の手伝いを始めましたが、材木を販売するだけでなく「最終的にこの木材はどういうふうに使われていくのか」ということに興味がわきまして。だから私の代で建築のほうをやろうと決心しました。 勉強するうちに、数寄屋造りこそこれから取り組むべき建築だと思いました。そこで仕事のかたわら、数寄屋を学ぶのに最適な土地である京都に通いつめましてね。京都という昔ながらのいいものが残っている場所で、感性を磨くという意味もありましたし。京都に6年間住んだり、ヨーロッパを回って建築を見たりと、勉強のためのお金は惜しくありませんでした。あのときお金を使わなければもう少し貯金があったねって、妻と話すこともありますけどね(笑)。 “重川の数寄屋”とは 「美しく、住みやすい住宅」が大切だと、ずっと考えてきました。京都に代表される数寄屋建築ですが、それをそっくり新潟で造るのではなく、この土地の気候や風土に合わせていくこと。冬の厳しい寒さや夏の蒸し暑さなどの問題をクリアし、快適で、しかも美を感じさせる建築を常に目指しているのです。幸い建築の仕事を始めてから、順調に依頼は増えました。これもみんな、お客様が私たちの建築を理解してくださったおかげです。一連の数寄屋住宅が北陸・信越地方において地域の建築文化・環境形成の向上に寄与したということで、1990年に日本建築学会北陸建築文化賞を受賞したほか、昨年の県経済振興賞など、たくさんの身に余る賞も頂いた。ありがたいことだと思っています。 |
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腕と人柄のよい大工を育てたい しかし、建築の仕事をしていくうちに、「いい腕と人間性を兼ね備えた職人が少なくなってきた」と感じ始めました。どんなにいい設計ができて、いい施主がいても、そこにいい建築職人がいなければだめなんですね。「匠塾」を作ったのは、建築技能者を育成しなくてはいけない、という思いからですが……いや、最初は大変でした。 若くて血気さかんな連中ばかりですから、まあ始めて3年くらいはいろんな問題が起きました。しかし、だんだんといい方向に向かいまして。「匠塾」は今年で13年目ですが、これまでに技能オリンピックで新潟県1位になった者が11人、TVチャンピオンの「大工王選手権」で優勝した者もいます。 ただ、「人を育てたい」だけで「匠塾」をやっているのではないんです。当社が新潟で初めて取り組んだ「高断熱・高気密住宅」もそうですが、すべて「美しく、住みやすい住宅」に必要だったから。私が毎日朝4時半に起き、5時に出社するのも、1日の仕事をスムーズに効率よく進めるため。それが結果としていい建物を造る。全部そこにつながるのです。 |
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“旅立ち”までにしたいこと 父も母も、偶然ですが76歳で亡くなったので、自分もそのころに“旅立つ”と予想すると(笑)、今53歳ですからあと23年。これまでほんとうに仕事漬けできました。ですが、社内スタッフも育ってきていますし、来年には今、金沢で建築の修業中の長男も戻ります。体制が整いつつあるので、これからは仕事へのウエートを少し変えていこうかと。 陸上競技部を立ち上げて夢と情熱を持つ人を応援し始めたのも、そんな立派な男ではありませんが(笑)、そろそろ社会貢献に取り組んでもいいころだという気持ちからなんです。 仕事と同じくらい、今日まで支えてくれた女房と、これからの毎日を楽しく、心豊かに過ごすことも大事。新たな展開ができる時期にきたのだと思っています。私のモットーである「今を全力投球」しつつ、 “旅立ち”まで公私共に充実させていきたいです。 まあとりあえず、素晴らしいとうわさに聞くだけで行ったことのない九州・湯布院で温泉に入るのが、今の夢でしょうかね(笑)。 |
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株式会社 重川材木店 西蒲原郡西川町升潟道上1−1 TEL.0256(88)3336 http://www.omokawa.co.jp |
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