島村麻里 Shimamura Mari
1956年東京生まれ。大学卒業後、メーカー、放送局勤務を経てフリーライターに。読書と旅行、食べることをこよなく愛している。新潟日報などの新聞や雑誌に書評やコラムを執筆。著書は「アジアン・リゾートに快楽中毒」(講談社)、「本日のへなへなくん」(角川文庫)、「地球の笑い方」(講談社文庫)など多数。

『本音で作る、僕の料理』
(陳建一著 文化出版局)

マーボー豆腐をはじめとする中国・四川料理を日本に広めた料理人・陳建民氏の息子で、“料理の鉄人”として有名な陳建一が教える「家庭でもおいしくできる中国料理」。父から受け継いだ四川料理のほか、母が作ってくれた日中混合ともいえる家庭料理も紹介されている。


今月のシマムラ
中島有香先生の「Slow Food」、わたしも大ファンです。31号「うなぎの冷製パスタ」は秀逸! これからも楽しみです。

旅の友は中国料理用語辞典!
世界中で役に立つ必携版

 近くて遠いチュウカ」。旅先ではいつも、この壁にぶちあたってきた。
 世界の街にはたいてい、チャイニーズレストランがある。香港や上海、本場にも何度か、足を運んだ。ところが、本当に食べたい料理となると……ほとんどありつけたためしがないのである。
 焼売(シューマイ)、蝦餃(エビギョーザ)、小龍包(ショウロンポウ)。飲茶に出かけ、メニューを眺めたところで、このくらいが精いっぱい。なまじ漢字が読めたって、腐皮捲。は? なんじゃコレ、である。いや、下手に漢字が読めるぶん、先に目に留まった蝦餃や小龍包で手を打ってしまう、ともいえる。
 この悔しさをなんとかしたい! と焦っていたら、格好の本に出合った。「中国料理用語辞典(決定版)」(井上敬勝編・日本経済新聞社刊)である。
 編者は、食べ歩きの大好きなお医者様。中国や香港でのチュウカ体験で、やはり「食べたいものにありつけない」苦労を死ぬほど味わったそうだ。で、各地のレストランからメニューをゆずり受け、辞書や料理書と格闘しながら料理名を一つずつワープロに打ち込み、覚えていったという。
 なんじゃコレ? だった「腐皮捲」も、この本を見れば「エビを湯葉で捲いて揚げたもの」。な〜んだ、そうだったのか。以来、同書はわたしの旅の友。お粥屋では「皮蛋粥(ピータンガユ)」、麺類では「雲呑麺(ワンタンメン)」で妥協してきた日々に、やっと光が差してきた。きくらげは「木耳」、なまこは「海参」。近くの中国料理店に出かける前にも、楽しく予習ができる。

四川料理を日本中に広めた夫婦と、“料理の鉄人”になった息子
 さて、日本で食べる中国料理も、時代とともに様変わりしてきた。マ−ボー豆腐といえば、もはやカレーやハンバーグと並ぶニッポンの家庭料理だが、その普及は意外と新しい。
 広めたのは、戦後来日した四川省出身の陳建民氏。先日NHKでドラマ化されたので、ご記憶の方も多いだろう。原作「麻婆豆腐の女房」(吉永みち子著・知恵の森文庫刊)を読んでみれば、これがドラマ以上に面白い。
 陳氏の妻・洋子さんが、日中両文化と格闘しながら、夫と文字通り二人三脚で四川料理を日本に広めていく。おいしいもの=愛情だと、ふたりは素朴に信じている。
 息子の陳建一氏はやがて「料理の鉄人」と称されるようになるが、やはり「愛情という名の香辛料が力強い味方」だと考えている。「本音で作る、僕の料理」(陳建一著・文化出版局刊)には、建一氏が両親から引き継いだレシピが、一家のエピソードとともに紹介されている。豆板醤を使った“陳ママ風”「大根と桜えびの煮物」などは、これぞ日中の美しき出合い! と、拍手を送りたくなる。
 食べ物も、文化も、結局は人と人の出会いで広まり、混ざり合い、新しい形を生み出していくのだろう。「近くて遠く」思えたチュウカを、どんどん、わが身に引き寄せて行きたい。もっと作って、もっと食べよう……ホンネはいつも、これなんですけどね。

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