島村麻里 Shimamura Mari
1956年東京生まれ。大学卒業後、メーカー、放送局勤務を経てフリーライターに。読書と旅行、食べることをこよなく愛している。新潟日報などの新聞や雑誌に書評やコラムを執筆。著書は「アジアン・リゾートに快楽中毒」(講談社)、「本日のへなへなくん」(角川文庫)、「地球の笑い方」(講談社文庫)など多数。

間もなく少女は、
パンの一切れを、ほど好く燒けた
卵の中に浸ける満足を味はつた。

『家なき娘(アン・ファミーユ)』上・下
(エクトル・マロ著 岩波文庫)

賢くかれんな少女ペリーヌが、勇気と知恵、強い意志もって数々の困難を乗り越え、最後に幸福を得るまでの波乱万丈の物語。原題の「アン・ファミーユ」は「家にて」の意味。旧仮名遣いながら読みやすい。


今月のシマムラ
青唐辛子の出回る、待ちわびた季節。つぶしたニンニク、ナンプラー&レモン汁のMYたれ(笑)で夏バテを乗り切るつもりです!

フランス・これぞ究極のサバイバル生活!
池の小島で少女が実践する「地産地消」

 なにをやっても気がめいる。もしくは「今日もまた雨かあ」。そんな日には、少女だったころわくわくして読んだ物語に助けてもらうことがよくある。
 今年の梅雨は、少女ペリーヌが強い味方だった。エクトル・マロ作『家なき娘』の主人公。テレビの名作アニメでご記憶の方も多いだろう。わたしはこのたび、岩波文庫の上下巻にて完訳を初めて読んだのだが、いやあ……これほど濃い「旅モノ」だったとは!!
 インドからパリまで、さらにはまだ見ぬおじいさんの住む北フランスへ。途中で両親に死に別れ、文無しになって死にかける。そこらのバックパッカーも真っ青なサバイバル生活だ(ところでペリーヌの「英国人のお母さん」って、じつはインドの人だったのね、完訳にて再発見)。
 本日、1片のパンをいかに手に入れるか? 気がつけば、主人公の飢えと惑いがわが身に乗り移っている。だからこそ、一時期隠れ住む池の小島でペリーヌが作るお料理のおいしそうなこと!
 馬の尾の毛で池の魚を釣り、小ガモの卵を見つけて野生のニンジンやセリと共にスープをこしらえる。子どものころにも興奮した場面だったが、いま読めばこれぞスローフードの極み、見事な「地産地消」ではないか!
 さらに驚くのはこの文庫、津田穣氏訳による旧仮名遣いなのである。初版はなんと1941年、わたしが買ったのは2002年10月の第6刷なのだが、増刷も旧仮名のままだ。  岩波書店文庫編集部に聞いたところ、2000年に第3刷として復刊、以後順調に版を重ねてきたとか。やはり、テレビアニメに親しんだ世代からの「また読みたい」という声がとても多いんだそうだ。

物語にちなんだ小さな村を訪ねる
「スローなフランス旅行」はいかが?

 ならば「フランス・サバイバル男の子編」のほうも、ぜひ読みたいってもん。同じくマロ作の『家なき子』。こっちは仏全土に加えて、英国やスイスにも行っちゃうのだ。主人公のレミが、稼いだお金で牛を1頭買い、育ての母にパンケーキを作ってもらう場面が好きなんだけど。ただし、岩波文庫は現在復刊の予定なし。懐かしい方は、偕成社文庫版(上、中、下)ほかが手に入ります。
 今月の3冊目は、鹿島茂先生の文庫最新刊『パリ五段活用』(中公文庫)。この本はペリーヌやレミの時代のフランスを、おとなとして「裏取り」するのに大変役立つ。つまり、当時の民衆は肉をほとんど食べず、パンを1日1キロ以上消化していたこと。パン、チーズ、ワインの「フレンチ三位一体」が民衆に行き渡ったのはせいぜいここ100年ちょっとであること、などなど……。ペリーヌやレミが食べる様子が、仏食文化史としても生き生きと浮かび上がってくるのだ。
 ミシュランガイド片手に回るグルメなフランスもいいけれど、いつか、「ペリーヌやレミの道」をたどりたい。4泊6日のパッケージでなく、極力スローに、ね……。

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